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東日本大震災 支援ボランティアレポート
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「3.11 子どもたちの視線―3.11キッズフォトジャーナル写真展」開催中(神明いきいきプラザ)

2月24日(火)~3月19日(木)、神明いきいきプラザ2階展示ギャラリーにて、
「3.11 子どもたちの視線―3.11キッズフォトジャーナル写真展」を開催しております。

東日本大震災から4年が経とうとしていますが、被災した子どもたちがどのように過ごし成長しているのか、
子どもたち自身が記者となって撮影した作品を通して垣間見ることができます。

子ども記者たちの率直なコメントと共に、思いの伝わってくる作品が並んでいます。

午前9時~午後5時、入場は無料となっております。気軽にお立ち寄りください。

◇開催日時:平成27年2月24日(火)~3月19日(木)
◇開催場所:プラザ神明2階 展示ギャラリー
◇担当・記事作成:石橋香里

かがやきの丘・川西湖山病院「防災研修会」<医療法人社団緑愛会>

10月28日

かがやきの丘・川西湖山病院の防災委員会主催にて「防災研修会」を行いました。

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<講師:川西消防署 皆川副署長様>

地震が発生したときどうすればよいかexclamation

分かりやすく講義して頂きました。

また、救援者が少ないときの搬送方法も、実技を中心に様々な場面を想定して講義して頂きました。

<毛布と棒2本を使った搬送方法>

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<毛布だけを使った搬送方法>04

職員からは・・・

「身近な物でも人を搬送できることが分かり大変勉強になった」

「急に地震が来ても、慌てず落ち着いて行動しようと思う」

多くの感想が聞かれ、良い経験になったようです。

いざという時に落ち着いて行動できるよう、日頃から地震の際の正しい知識と心構えを身に付けておくことが大切だということが十分理解出来ました。

(2014年11月13日 医療法人社団緑愛会 防災委員会 防火管理者 佐藤幸男)

ゆらり避難訓練②<医療法人社団緑愛会>

ゆらり避難訓練②~

そして今回は、山形県に一台しかない「起震車」を消防署よりお借りし、
「地震体験」を行いました。

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南陽市消防署員の方より、地震発生の際の留意点など講義いただきました。
そして、職員はもちろん、地域の方々、地区消防団の方々、消防設備会社の方々も
震度6弱~7の地震を体験致しました。

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東日本大震災から約2年、今回の「地震体験」を通して、
地震発生時の状況、対応、行動をあらためて再確認することが出来ました。
また、日頃からの防災意識が大切であることを学びました。

この体験を教訓に、
今後も入居者様の安全を考え、「防災」に取り組んで参ります。

(2013年10月4日 医療法人社団緑愛会 事業本部 高橋)

「震災後2年を迎えてーコミュニティはどうなったか」(神明いきいきプラザ)《湖聖会東京》

3月14日(木)、芝会議まちづくり部会と神明いきいきプラザ共催の防災シンポジウム
「震災後2年を迎えて-コミュニティはどうなったか-」が開催されました。

60人近くの方が参加してくださり、メディアでは伝わりきらない被災地の生の声を聞くと共に、
私たちが被災地の復興や将来起こりうる震災に向けてどのようなアクションをとっていくべきか、
活発な意見交換が行われました。
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第1部は基調講演。
被災地の復興に関わってきた4名のゲストをお迎えし、それぞれの立場からお話をいただきました。

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一人目は、アーティストとして震災の記憶を未来に残す
「メモリアルアートプロジェクト」や「桜3.11」プロジェクトを
進めておられる、村上タカシ氏。

震災直後には仙台市に集まったNPOやボランティアによる
機動力の高いネットワークを作り、緊急支援活動に奔走されました。

時間の経過と共に復旧から復興へと活動の内容は変化しており、
震災がまだ収束していないことを伝えてくださいました。

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↑村上氏主催のNPO《MMIX Lab》からのメッセージ。
こちらは「メモリアルアートプロジェクト」で保存されているがれきです。
硬い金属の標識がぐにゃぐにゃにねじ曲がっており、津波の威力が生々しく伝わってきます。
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2人めは、行政職員として被災地に2回出向し支援活動に従事された
福嶋一平氏。
罹災証明書の発行で建築分野の専門能力を発揮しておられました。

震災後1ヶ月以上休日もなく働き続けた現地の自治体職員の様子を
伝えてくださり、

「働きづめで倒れる人が多く、行政職員のケアの必要性を感じた」

と語ってくださいました。

 

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3人目は、「3.11からのヒカリ」実行委員会代表の斉藤道有氏。
昨年より、3月11日夜に気仙沼で光の柱を立ち上げるプロジェクトを
進めてこられました。

ご自身の震災体験と過去幾度も津波被害にあってきた
気仙沼の歴史などに触れながら、

「必ず来る震災に対しては迎える意識が重要」

と語ってくださいました。

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4人目は、コミュニティアーティストの門脇篤氏。
震災当日は県外におり、交通が途絶えたため自転車で
埼玉から仙台まで帰還したというつわものです。

アーティスト仲間と共に石巻の仮設住宅にておしるこを振舞ううちに
住民同士の活動が活発化したという「おしるこカフェ」の事例や、
石巻の小学生たちによる子ども新聞などを紹介してくださいました。
「被災した人々は、やっと現実を受け入れて生きられるように
なってきた段階だ」と。
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↑石巻子ども新聞。
小学生が町の人々に率直な質問を投げかけながら
取材し、記事を作成しています。

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第2部は、「みんなで語ろう、震災とコミュニティ」。
来場者と4名のゲストの皆さんで、活発な質疑応答がなされました。
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最後は、村上氏より
「復興には行政と民間組織の協働が重要。待つばかりでなく自分たちから積極的に動くことが大切だと思う。」と一言。

神明いきいきプラザも、地域の皆様との協働を大切にしながら、
災害に備えた体制作りにも取り組んでまいりたいと思います。

開催にご尽力いただきましたパネラーの皆様、芝地区協働推進課ならびに芝会議まちづくり部会の皆様、ご来場いただいた皆様、
まことにありがとうございました。

◇ 開催日時:平成25年3月14日(木)18:00~20:00
◇ 開催場所:神明いきいきプラザ集会室A・B
◇ 企画・記事作成:神明いきいきプラザ 石橋

医療法人社団 平成会 防災訓練

 東日本大震災から2年目を迎えた3月11日、医療法人社団 平成会の全施設で防災訓練を行ないました。

避難誘導訓練の様子

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消火訓練の様子

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非常用発電機使用訓練の様子

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 また、地震発生時の午後2時46分に職員・お客様とともに1分間の黙とうを行ない、東日本大震災で犠牲になった方々に追悼の祈りを捧げました。

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 2年前郡山の施設が被災し、職員一丸となりお客様の安全確保のため奔走したのが鮮明に思い出されます。
 私達平成会は、これからも継続的に防災訓練を行ないお客様の安全・安心を確保し、ケアサービスを通じて福島の復興に努めていきます。

(2013年3月11日 医療法人社団 平成会 法人事業本部 総務部 伊藤 静夫)

「震災後2年を迎えて~コミュニティはどうなったか~」開催のお知らせ(神明いきいきプラザ)《湖聖会東京》

芝会議まちづくり部会と神明いきいきプラザが共催で防災シンポジウムを開催します!
タイトルは、「震災後2年を迎えて ~コミュニティはどうなったか~」。

震災の爪あとを後世に残すメモリアルアートプロジェクトを進めておられる村上タカシ氏をはじめ、
自治体職員の方や、被災地でカフェを開く活動をしておられるNPOの方などをお呼びして、
被災地の「今」について語っていただきます。

物理的な復旧だけでなく、精神的基盤であるコミュニティ復興の現状を知り、私たちが今できる防災は何か?考えていきます。

どなたでも、お気軽におこしください。
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(神明いきいきプラザ 石橋香里)

◆記事掲載年月日:平成25年2月25日(月)

サンダーバード支援<社会福祉法人苗場福祉会>

サンダーバード支援で、宮城県石巻市のせんだんの杜ものうへ行ってきました。

社会福祉法人東北福祉会様より、お礼状と感謝状、記念品を頂ました。

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黄色フラッグ大作戦~健康倶楽部かわぐち<社会福祉法人苗場福祉会>

中越地震から7年。恒例となった「震災復興おかげさま感謝デー」の季節がやってきました。
黄色フラッグに中越地震時に支援いただいた感謝の気持ちや今年の震災や水害に遭われて皆様への応援メッセージが書き込んであります。
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日本認知症グループホーム大会で小松事業部長がパネリスト<社会福祉法人苗場福祉会>

910日(土)・11日(日)、公益法人 日本認知症グループホーム協会主催2回 日本認知症グループホーム大会が東洋大学白山キャンパスで開催されました。

テーマ「絆・希望・よみがえれ日本!」 ~認知症の人と共に生きるグループホームの現場から~

参加者は約1千人で二日間にわたり講演、分科会、ポスターセッション等盛りだくさんの内容でした。

その中でシンポジウム  テーマ「大規模災害の備えはどうあるべきか」のパネリストとして事業部長の小松 順子がプレゼンテーションを行いました。

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サンダーバード支援<社会福祉法人苗場福祉会>

苗場福祉会ではサンダーバード支援で宮城県石巻市の「せんだんの杜ものう」へ行っています。エールを送ろうと職員で応援幕を作り支援で行く職員に託しました。
1日も早い復興を願っています。
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(2011年9月1日 社会福祉法人苗場福祉会)

「東日本大震災支援ボランティアレポート」が開設されました

このたび「東日本大震災支援ボランティアレポート(http://volunteer-report.jp/)」が開設されました。
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このウェブサイトは、湖山医療福祉グループの法人の協力のもと、ヘルスケアデザインレポートに掲載された記事転載を中心に構成されております。今後、湖山医療福祉グループの支援活動のほか、その他の団体の活動も掲載され複層的な支援ボランティア活動の様子がわかりやすく表示されることになっています。
またブログサイトにおきましては、東北walker(http://sp.walkerplus.com/tohokuwalker/)のトップページにもバナーが貼られており、多くの方の閲覧が期待されます。
ヘルスケア・デザイン・レポートや湖山医療福祉グループのコーポレートサイトにおいてもバナーを貼りましたので、ぜひ「東日本大震災支援ボランティアレポート」をごらんください。

雑誌・NHKテキスト社会福祉セミナーに湖山代表のインタビュー記事が掲載されました!

雑誌・NHKテキスト社会福祉セミナーに湖山泰成代表のインタビュー記事が掲載されました!
東北大震災についてお話されております。
お近くの書店でも手に入る場合もございますので、是非お手に取って下さいませ。

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震災後、NHKさまに被災の状況を何度かインタビューして頂いております。
少しでも復興の状況をお知らせでき、お役立ちになれば幸いです。

湖山医療福祉グループ

7月17日(日)、被災地支援についてのシンポジウム開催

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7月17日(日)ママリングス主催で議題『被災地について考える ~身近なことからはじめませんか~ 』が開催されました。

ママリングスについて
この震災以降、江東区亀戸から救援物資の収集を中心に被災地支援活動に参加。小さな母親の支援の輪が、みずべにうつる水紋のように徐々に広がって欲しいという願いをこめて『ママリングス』と命名しました。主に0歳~4歳の乳幼児をもつ母親達のグループ。NPO法人日本子守唄協会さん、S35盛小卒同級会関東チャプターのご協力で段ボールにして物資150箱ほどを岩手県に送付しました。現在はチャリティーポストカードの販売、子育て中の母親を対象にした子育て支援としての側面も持ち合わせた寄付を募るチャリティーイベントや講演会を企画しています。非被災地で暮らす子育て中の母親が身近に出来る支援を模索中

前半は6名のパネリストによるディスカッションが行われました。
パネリストの皆様、震災地を目の当たりにして、感じたこと、救済活動や現況報告、復興対応の問題点や対応案など、様々なお話をしてくださいました。

●赤司 郁子 氏(あかし・いくこ) 
大塚ろう学校分教校勤務 音楽教諭

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『初めてのボランティア体験』
震災以降、何か出来ることはないだろうか、と悶々と考えていたところ、福岡から車で被災地へ訪問する被災地の支援活動を知り参加したことから始まった。宮城県石巻市に4トントラックで物資を支給する活動を手伝う。GWを利用して、南三陸町へ向かい物資支援活動に携わる。送られてきた物資が配布されずに積み上げられている現状を知るとともに、被災された人々に十分な物資が行き渡っていない現状、そうならざるえない行政職員自体が被災者であり、人材が圧倒的に不足している深刻な被災状況を目のあたりにする。 最近も宮城県の亘理町に訪問した。この夏の間に再度、被災地を訪問することを検討している。

●喜連川 覚 氏(きれかわ・さとる) 
亀戸三丁目勝運商店街 『発酵文化応援団』隊長

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『非被災地からの支援を』
この3月11日の震災の翌日にリニューアルオープニングセレモニーを予定していた勝運商店街(旧香取大門通り会)に、新規開店された『発酵文化応援団』隊長であり店主。
震災との関わりは、同店アルバイトの大森華恵さん(俳優)の親族が福島県いわき市久の浜で行方不明となったことで、大森さんの親族の安否をたずねるとともに物資を持参する活動への支援をしたことから始まった。また、日ごろ同店では、日本の伝統文化を紹介する様々なイベントの企画を行っている。

●湖山 泰成 氏(こやま・やすなり) 
湖山医療福祉グループ代表

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『常に職員と入居者の皆様、地域の皆様とともに。』
1955年、東京生まれ。順天堂大学スポーツ健康科学部客員教授。専門は福祉経営論、経営システム論、介護保険サービス研究会会員。英知大学大学院修士課程修了。静岡県の湖山病院をはじめとする2つの病院、135の高齢者介護福祉施設等を展開。現在は9の医療法人、6の社会福祉法人、4の株式会社、1つの有限会社、1つのNPO法人の代表、グループ全体の従業員数は5800人超。ソーシャルビジネスの草分けとして社会事業経営の在り方を追求する。著書に『進化するアートコミュニケーション』(レイライン・共著)など。
今回の震災にて、二本松、郡山、気仙沼、新潟の各施設が大きな被害にあう。自らも被災しながら、地域住民への支援活動をグループ全体で現在も進めている。

●陳 義之 氏(ちん・よしゆき) 
亀戸6丁目在住 LOTS

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『きっかけは「車貸してくれませんか?」と言われた事から』
震災以前はボランティア活動とはまったくの無縁、知人から車を貸して欲しい、と頼まれたことで用途を尋ねたところ、『被災地支援で使いたい』と聞いたことが震災ボランティアに関わったきっかけとなる。吉本興業の芸人であり、実業家でもある富山泰庸氏が代表を務めるLOTS東日本災害支援チームに参加。北は山田町あたりから南はいわき市あたりまで物資運搬等で訪問。『被災地で夜6時って言ったら真夜中ですよ。電気が無いんですから。音もしなくて誰もいないのかと思っていたら、棒やら持って人がぞろぞろ出てきた、そういう状況ですよ。』と石巻での出来事をお話しいただいたのが印象深い。誰に言われた訳でもなく、大量の物資を黙々と片付けていた陳さん。ボランティアとは人の評価を得る為に行なうのではないことを改めて教えてくださいました。

●新沼 岩保 氏(にいぬま・いわお)
亀戸1丁目に3月まで勤務。S35盛小卒同級会関東チャプター

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『悲惨な話はいっぱい、でも、悲惨な話ばかりをしてもしかたがないでしょう』
岩手県大船渡市出身。前職は地質調査や資源調査を手掛ける技術者。途上国との国際共同探査にも従事。今回の震災で自身の技術を生かすことも出来る、と考え、大船渡市の災害復興局の支援メンバーとなる。チリ地震津波を小学6年生の時に体験した。51年後の今回の震災で小学校の同級生たちと、関東と現地のメンバーと連絡をとりあい支援活動を開始する。同会にて、通算8回の物資支援を行った。ママリングスとの縁でフィンランドのお母さんグループが日本に輸送した液体ミルクの引き受け手ともなり、液体ミルクを大船渡市へ運び入れた。さらにその縁が南仏からの応援メッセージ引き受けにつながり復興七夕に短冊が届けられることになった。
現在、地域の夏祭りでの被災地応援コーナー、地元の特産品販売、写真による被災地の紹介およびチャリティーステッカーとTシャツ販売のブースを準備中。

●柿沢 未途 氏(かきざわ・みと) 
衆議院議員 みんなの党

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江東区出身。NHK記者を経て、父、衆議院議員柿澤弘治秘書、その後都議へ。平成21年8月にみんなの党入党。衆議院議員総選挙において東京ブロックで比例復活当選。現在みんなの党政調副会長、国対副委員長をつとめる。震災以降、3月14日より仙台市宮城野区入り。以降、気仙沼市、石巻市、陸前高田市、南相馬市等を訪問。気仙沼市内の美容師さんへの支援物資の収集にも協力する。福島第一原発による放射能汚染問題にも積極的にかかわっている。

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お客様サイドからも、キャラクターを使用した復興支援活動の紹介や、宮崎 英則 氏(江東区社会福祉協議会・江東ボランティア・センター次長)による、被災地住民の受け入れ現状報告など、様々な意見が活発に交わされました。
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会の後半では、参加者全員でワールドカフェというユニークな手法で被災地救済についての会議が行われました。 

●赤司 郁子 氏テーブルの発表
被災地住民たちの力によって現地の素材で発行食品等を製造し現地で販売できるような状態は構築できないだろうか?

●喜連川 覚 氏テーブルの発表
被災地で、破損したものを修復して、それらを被災地の為に販売する。 現場からのリアルな声を、Web等を利用して収集し要望等をまとめ効果的な救済方法を模索する。

●湖山 泰成 氏テーブルの発表
震災地用のに生まれたキャラクターについてアニメーション化できないかという形態で話が進み、それを実現するためにはどうすればよいか話合われました。

●柿沢 未途 氏テーブルの発表
地域を一体にする、お祭りやイベントをシンボルにして復興を進めていくことが大切。
飲食などの即効性のある対人サービスの産業を優先的に復活させることが、今求められていることではないだろうか?

●新沼 岩保 氏テーブルの発表
復興支援に関する運搬等については、お任せくださいという具体的な発表がありました。

●陳 義之 氏テーブルの発表
時間のとりやすい学生の復興支援への意識を高め、支援に積極的な学生を増やすよう努力する。

津南日記☆20110719 地震で向きを変えた「横向き地蔵」

皆さま、こんにちは。久しぶりに津南日記を書きます。

震災の関係でせっかくの春のレポートを出来なかったのが残念ですが、それはまた来年のお楽しみとして…。

さて、今日は津南町ではないのですが、近くの飯山市西大滝ということろでちょっとした話題になっている「横向き地蔵」をご紹介します。一部メディアでも取り上げられていますのでご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

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写真が「横向き地蔵」。

実は、このお地蔵さんはもともとは手前側(南)を向いていたのですが、3月12日の長野新潟県境地震(長野県北部地震ともいう)で、6体のお地蔵さんが震源地のある栄村・津南方向(東)へ横に向きを変えたとのことです。

このお地蔵さんのある西大滝地区も大きく揺れましたが、幸い被害が少なかったのは、このお地蔵さんが守ってくれたのだと噂になっています。

地震当時はまだこのお地蔵さんは雪の中。雪の中だからこそ倒れずに向きだけを変えたものと思われます。一番左の坐像は下がモルタルで固められており、動いていません。

何とも不思議なお地蔵さんです。当日はちょうど手前の崩れた石の上に大きなアオダイショウもいました(写真に写っています)。守り神なのでしょうか?

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このブログにはあまり関連しない記事なのでどうかなとも思いましたが、話のタネにレポートしておきます。もし不快に思われた方がいらっしゃったら、お詫び申し上げます。

(2011年7月19日 岡村昌幸)

池田朝子様 レポート! 高齢者住宅フェア湖山泰成代表講演を聞いて・・・

株式会社 綺麗塾/ASAカウンセリング研究所
NPO法人カラーカウンセリング&会話心理学研究会
代表をされていらっしゃいます 池田朝子様より 6/2 の高齢者住宅フェア参加のレポートを頂戴しました。
カメリアカレッジの講師でもお世話になっており、最近では書籍も出版されご活躍の中いらして頂きました。
ご紹介致します。
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高齢者住宅フェア2011 in東京開催
東京流通センター 2011.6.2/13:10~14:00

「医療・福祉事業者が東日本大災害にどう対応し乗り切るか」参加レポート
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◆はじめに湖山先生のご講演を聞きに、浜松町からモノレールに、とっても久しぶりに乗りました。
羽田への路線は(私における昔)これだけでしたが、最近は品川から京浜急行で行くことが多い私です。ホームのモノレールに飛び乗ったら、羽田空港までの特急でした。流通センターはあっけなく飛ばされて、窓に広がる「東京」の景色を久しぶりに俯瞰して観ました。広々とした、梅雨に煙る遠景を前に、ゆるゆると日頃の緊張が解けるようで、乗り間違いもご褒美のようでした。目先のことを片付けるのに手一杯の現実の中、スピードをあげて行き交う景色に、私は紛れもなくこの街に住んでいるのだ、という実感に包まれました。
今日の湖山先生のご講演のテーマは「「医療・福祉事業者が東日本大災害にどう対応し乗り切るか」でした。3.11の大災害は遠い地でおこったスペクタクル映画だったかのような錯覚に陥る傍観者の部分はぬぐえず、或いはそうして現実をぼやかしたいのだろうな、という自分を知っています。
偶然か偶然でなく観た「東京」の景観と、湖山先生のお話は、これから何に向き合い生きるのか、という問いを、今までの過去の延長としてではなく、きちんとイメージできる機会となりました。

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◆湖山先生のお話3.11以降
湖山先生は「3.11以降、全部が変わると思う」と話し出されました。高級老人施設だろうと、小さな高専賃だろうと、公共の施設だろうと。皆と同じにやってうまくいったのは高度成長期だったからで、これからは、「自分の道を見つけるにはどうすればよいか。そういう道を自分で見つけるしかない」と。高齢者の医療介護を仕事にする我々は、何で生存しているのか、意思をしっかりしなければならない。理念を明確にすること、それは、お金儲けプラス高齢者の良い生活を求め続ける仕事あるということ。
「右往左往しないで、己の道をみつける価値あるときだ」

多様性と成長の連続 高齢者の医療・介護・生活、という3つの柱がある。湖山医療グループは全国にあり、マーケットの狭めていないのが最も大きい特徴。それぞれ独自の施設であり、規模の大きさではなく多様性と変革性を重視している。知恵、力、体力、経営力、サービス力があれば、誰でもできる、それをお伝えしていきたい。「ソロバンとハートの両方が必要である。多様性と成長の中にある。人の生活を包括的にみることだ」

東日本大災害の報告 民間の福祉施設として被害を検証した。被災した施設の中で、気仙沼の「はまなすの丘」は、中越地震と2回目。スプリンクラーが作動し水びたしになり、上下水道が止ってトイレが使用できず、衛生面が最も大変だった。非常に基本的なことだった。
大地震後、100名の入所者、75名の職員、元気な近隣の避難者180名、ここで生活した。家庭用炊飯器を10台、非常用電源でお米を炊き、3日間義務付けられてる非常食は1日で尽きた。水は10分で行けるところに湧き水を見つけた。
誰も、どこからも、連絡をとりあうことができなかった。東京は非常時に全く機能しない。私たちのグループは、仲間は誰も見捨てないことを知っていた。島根・広島から、3.11の翌日にワゴン車が出発し、行けるわけもない距離でも支援物資を運ぼうと動いた。確認できないからこそ動いた。物資も自分の判断で全てを持って動いた。それは、必ずバックアップが来ると信じていたからだ。

震災時の対応情報を共有する(理念を共有する、価値感を共有する)、情報を管理しない(コントロールできないから全て開いておくということ)、全面的な支援を実施。今回、各施設のホームページに各自が見てきたものを自分でアップするように指示した。全員がそれぞれ各ホームページをみることで把握する。中央コントロールするのではなく、アメーバ型、ネットワーク型、それしかない。

困難から発展に向かう 今回の大災害に遭遇したが、全員が助かった。これは、気仙沼で100名の利用者をバラバラの施設に送らなかったからだ。そうなりがちなのだが、我々は、スタッフも含めて全員で山形の老建へ移った。だから、皆で支えあい励ましあい頑張れた。
誰もが、この非常時に、全く指示命令なくても、当然の使命感として動いた。そのときだけではできない、今までのことがあらわれたのだ。

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災害時の対応 アメリカのハーバード大学等で寄付金がたくさん集まったが、日本の受け取る窓口がなくて戸惑ったと聞いた(日本赤十字は3割手数料なので)。日本は貰い方が上手くない。
社会に対するネットワークの組み方が大事である。
また、日本の行政政策に驚いたことがあった。油が広島ならあるとわかり、すぐ60缶を買うように指示し、危険物取り扱い免許のドライバーを頼んで新潟へ向かわせた。到着したが、うちの施設には危険物取り扱いの認可がないため、車から降ろせないと県に言われた。しょうがなく山形へ向かったが同様、次の会津も同じだった。大震災から10日目、このままでは雪の振る中、高齢者が凍えると言ってもだめだった。この状況にあっても、そう県がいうとは、信じられないほどのこれが日本の行政政策だ。(湖山先生の、その役人に油をかけて燃やしたい、云々の過激発言は削除!)

雑多なようだが、成功の秘訣 計画的でもない、送れるものは全て送った、ということ。だから全員助かった。全てを使いきって、あの大災害時を全員で切り抜けたのだ。
「地域全体のための救済と動いたとき、自分たちも助かる」

湖山先生のお話は、医療・福祉に全く素人の私に於いても、3.11以降の生き方の大変に重要な示唆を与えていただくものでした。ありがとうございました。
流通センター駅の前に小さな花壇がありました。雨に濡れて光る白いあじさい!私は初
めて見ました。「3.11以降は全てが変わる」と話された湖山先生の言葉が浮かんで、これくらいの発想の転換や創作なのか、と思ったら楽しくなりました。
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湖山泰成代表講演「医療・福祉事業者が東日本大震災にどう対応し乗り切るか」高齢者住宅フェア!

湖山医療福祉グループ 湖山泰成 代表が高齢者住宅フェア2011にて6/2講演をされました!
「医療・福祉事業者が東日本大震災にどう対応し乗り切るか」をテーマにこの度の震災の被害、復興、今後について語りました。
約50分の講演でしたが、時間ぎりぎりまで熱く語っていらっしゃいました。
東北の施設や周辺の当時の写真も紹介したところ、ご参加者から驚きの声がもれたこともありました。

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まだまだ復興には時間も体力もかかります。
現地で不便されておりますたくさんの東北の方々の現状が少しでも伝わればと願うばかりです。

川崎市議会議員 添田勝先生 東北入り活動報告<20110514>

<<川崎市 添田市議 東北入り活動報告<20110514>>

川崎市 添田勝市議より東北入りされました活動の報告を頂きましたので、現地の状況をお伝えすべくご紹介いたします。
添田市議は湖山医療福祉グループOBであり、この度の震災での活動報告を頂きました。
福島ご出身でボランティア活動・復興活動に大変力を入れていらっしゃいます。

原発から40-50k地点を回ってきました。

飯舘村(毎時3mSv/h超)が避難区域になり、南相馬からの入村を断られたため、
福島市と郡山市を回ってきました。

両地域(1.51mSv/h前後)とも、第一原発から半径40-50k地点に位置し、
現在は北西の風が強く、緊急時避難区域20-30kの南相馬市(0.51mSv/h前後)よりも、
放射線濃度が高い場所です。

放射性物質は風が弱かったり雨が降ったりすると滞留し、風が強いと風に乗り、
飛散していきます。それで、第一原発の北西に位置するそうした自治体の放射線量が
高まっているのです。

郡山も福島も県内では中心地であり、多くの子供が住んでいます。
子供たち皆がマスクをし登下校している姿が、私の脳裏に焼きつきました。
(そうした写真は、本人たちのぷらバシーに関わりますので、今回は
写真撮影をしておりません。)

私の小学校の恩師が郡山市で教鞭をとっておられますが、10年ぶりにお会いしました。
そして、先生曰く、
「外で子供たちを遊ばせてやりたいが出せない。部活もさせてあげられない。
校庭の土の入れ替えについても、思うように進まず、いかんともしがたい」
とおっしゃっていました。
私も郡山に幼い甥っ子たちがおりますので、全く他人事とは思えません。

最後に、石川郡の実家に少しだけ回り、今、実家でブログを書いています。
そして、実家でも原発の地であることを思わされたエピソードが一つ。
私が空気の入れ替えで窓を開けようとした瞬間、母が「窓を開けるのは福島ではタブーよ」と、
たしなめました。
報道以上に、福島の人々の不安は相当なものがあると、改めて感じさせられました。

これから、川崎に帰りますが、私も宮前の地から、現在行っている支援活動以外にも、
何ができるかを真剣に考えていきたいと思います。

川崎市議会議員 添田勝先生 東北入り活動報告<20110513>

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川崎市議会議員 添田勝先生より東北入りされました活動の報告を頂きましたので、現地の状況をお伝えすべくご紹介いたします。
添田市議は湖山医療福祉グループOBであり、この度の震災での活動報告を頂きました。
福島ご出身でボランティア活動・復興活動に大変力を入れていらっしゃいます。

本日は、地域における原発の調査のため、動いております。
引き続き、20k以内は入ることができず、予断を許さない状況に
なっております。
2011051301soeda
20k圏域におけるバリケード

川崎市議会議員 添田勝先生 東北入り活動報告<20110512>

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川崎市議会議員 添田勝先生より東北入りされました活動の報告を頂きましたので、現地の状況をお伝えすべくご紹介いたします。

本日、南相馬での活動状況です。

まだ、原発の状況は予断を許しませんが、主要道におけるがれき撤去は仙台同様、
一定程度、進捗しています。
今日明日は、個人宅のがれき撤去ボランティアに徹しております。
それが地元では高いニーズがあるようです。
確かに、重機が入って行けない場所は、人力で撤去作業をせざるを得ない状況です。
2011051201soeda
掘ったがれきを廃棄している様子。添田先生ご本人。

川崎市議会議員 添田勝先生 東北入り活動報告<20110511>

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川崎市議会議員 添田勝先生より東北入りされました活動の報告を頂きましたので、現地の状況をお伝えすべくご紹介いたします。

仙台市の被災地域、若林区や宮城野区を中心に、川崎で収集した絵本や子供靴の
配布作業を行いました。

仙台周辺の避難所の子供たちに絵本を渡してきました。

絵本や児童図書、コミック等、約1200冊を避難所や学校に
直接、届けました。
宮前区鷺沼にて行っていたこの活動も、多くの方々のご協力に、
改めて感謝したいと思います。

被災地の子供たちは、食料や水といった物資は既に豊富にあり、
求められるべき支援は、第2段階の「心のケア」に入ってきました。

この段階で被災地ニーズと外部支援とのマッチングがうまくいかないと、
結局善意の食糧なども廃棄処分をするという状況になってしまいます。

だから、私は選挙中から、「次の段階の支援に役立つもの」という所に的を絞り、
「絵本」や衣服という言葉により忘れられてしまう「靴」を集めてきました。
これからもこの活動は引き続き、続けていきたいと思いますので、来週からまた、
被災県出身者として、頑張ってまいります。
なお、いよいよ明日は、南相馬市入りします。
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写真 真ん中 添田先生